<SIMT(Self Insight Meditation Therapy、自己洞察瞑想療法)とは>
1993年に大田健次郎氏が坐禅の実践、そして西田幾多郎の哲学、うつ病の脳神経生理学の研究を背景に開発した我が国独自の日本的マインドフルネス心理療法です(大田,2003,2004)。
SIMTでは、不安、抑うつ症状、辛い状況など不快事象がたとえ存在しても、自分の心を観察し、すべてを鏡のように「包み」こんで「映して」(受け入れて)、自分の願い(人生の価値)を実現するための行動を選択できる「意志作用」を習得することを目指します(大田,2003)。
<セッション内容>
SIMTのプログラムでは、規則正しい生活の確立とともに、進捗状況に合わせた様々な呼吸法と自己洞察スキルを10セッション(10ヶ月)をかけて身につけていきます。
セッションでは、次のテーマを扱います。
(詳細なトレーニング内容については、大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス~ひとりでできる「自己洞察瞑想療法」』佼成出版社をご参照ください。)
1.基本的なトレーニング
2.いつでもできる呼吸法
3.感情を知る
4.人生の価値・願い
5.日常生活を薬に
6.思考の特徴を知る
7.不快なことを受け入れる
8.つらい連鎖の解消
9.生きる智慧
10.これからの課題
各セッションには「課題」があり、毎日課題を実践して、その内容や回数を記録します。
※レクチャーのみで理解するだけでは症状は改善しませんので、課題を一定の期間、繰り返して実施することが大切になります。
※毎日の記録をつけることで、自分の心理作用の特徴や苦悩につながるポイントがどこにあるのか気づきが促されますので、改善への方針が見えてきます。
<実践は自己洞察を基礎とする>
自己洞察とは、「今、ここ」の瞬間に、自分の心を観察し、現在進行形で自己を深く知ることです。その実践は、呼吸法をしながら行う基本的自己洞察と日常生活の行動中に行う行動時自己洞察があります。
呼吸法による自己洞察は、他のマインドフルネス心理療法で行われているマインドフルネス瞑想と類似するトレーニングですが、その理論的背景は西田哲学の、各階層での「自分を無にして映し包む」という「自覚」の思想や「場所」の論理を根拠にしています(大田,2016)。

<西田哲学における自己の階層と心の問題>
西田哲学に一貫して用いられている場所の論理によると、自己はいくつかの階層に分かれており、浅いものから判断的自己、知的自己、意志的自己、叡智的自己、人格的自己へと深まっていきます。日常生活で生じる様々な苦悩や苦痛は浅い階層の場所で映され、自己の存在が脅かされる死の問題などのような深刻な苦悩も浅い階層の場所に映されますが、より深い階層の場所(深い自己)は克服します。
たとえば、知的自己や意志的自己は、がんであることが告知されると、死の不安の思考を意識上に映して苦しみますが、深い自己ほど、深い自己と世界の観方でこうした苦悩を乗越えます。
大田(2015)によると、意志作用を行使する自己は、意志的自己にあたり、一般の人はこの自己、および叡智的自己の段階にあるといいます。
SIMTでは自己の階層の深さにより扱われる問題が異なり、意志的自己の水準を扱うSIMTは、うつ病や不安症、パニック症、過食症などの精神疾患、そして対人関係の問題や日常生活で生じるストレスへの対応が想定されています。また、終末期ケアなど自己の存在自体が脅かされる問題には、意志的自己を扱うだけでは対処することは難しいため、より深い自己の階層である叡智的自己および人格的自己の水準まで扱うことが考えられています。

<知る局面と行動局面>
大田(2015)によると意志的自己レベルのSIMTでは、知る局面(観る、考える)と行動局面が重要であることを実践的に習得します。
西田哲学によれば、人の意識は作用側(ノエシス)とその作用が作る対象・内容(ノエマ)とがあります。視覚作用(ノエシス)には、見られた映像・物(ノエマ)があり、思考作用(ノエシス)には、考えが作り出した概念や言葉(ノエマ)があります。
知る局面のトレーニングでは、表面的に意識されるものは、すべて「自分の作用(ノエシス)」によって作られたもの(ノエマ)であり、他者や環境だけでおこるのではないことを理解することが重要となります。

<意志作用を働かせる>
上述に基づいてSIMTでは、感覚、思考、感情、欲求、本音などの意識を対象としてみる高次の意識作用である意志作用を働かせます。
呼吸法では、辛いことを観察し、受容することが中心となりますが、瞑想だけでは適応的な行動の選択が伴わないため、自分が実現したいことを家庭や社会などの現実場面で遂行できません。そのため、衝動的行動を起こさずに意志的行動を起こす行動局面が重要となります。
行動局面が意志的行動になるには、価値が重要であり、瞬間瞬間の価値の想起や価値実現への探索行動、そして実際の行動が必要です。そのためにSIMTでは、価値保持、価値想起、価値実現への行動実行をトレーニングします。
うつ病などの症状や日常での苦悩を改善するためには、自分の作用の働きに気づき、価値実現への行動を起こす意志作用を十分に働かせること重要であると考えて、SIMTでは意志作用のスキル向上のためのトレーニングに取り組むことになります。

<本音に気づくことの大切さ>
本音とは他人には知られたくない何かに対する執着であったり、自分本位のエゴイズムのことを言います。この本音は、主観的で独断的な評価や判断、行動の基準(ルールも含む)、自己中心的な見方を生みだします。
普段は意識されなかったり、抑圧されていることが多く、なかなか自覚されにくいものです。また、気づいていても、ネガティブな側面であるため、認めたくないものだったりします。そのため、非常に厄介なものです。
何か特定の物や人、あるいは考えや行動、価値観や思想に対しての嫌悪や執着、エゴイズムなど本音には様々なものがあります。
本音に無自覚のままでいると、自分独自の価値基準にはまり込み、周りが見えなくなったり、自分勝手な行動をとってしまうことにつながります。時には、他者を傷つける言葉や態度、行動につながります。
そのため、本音を自覚して自分や周囲を苦しめない行動や態度をとることが大切になります。
<単独場面のマインドフルネスから対人場面のマインドフルネスへ>
他のマインドフルネス心理療法の実践では、日々の呼吸瞑想や歩行瞑想などの瞑想、そして日常生活における様々な行動に今現在の体験に気づきを向けて、心の働きを理解し、あるがまま受け入れて、見守ります。
SIMTでは、同様に上記についても大切にしますが、さらにどのような場面で実践をするのか、ということも重要視します。なぜならば、現実場面では私一人ではなく、他者とのかかわりがあり、その中で様々な苦悩や葛藤が生じます。
現実の場面では、観ることと考えることと行為することが同時です。対人関係や仕事の瞬間瞬間を観ることは、自然な状態を「無評価で観察」し続ける事ではありません。
私自身の本音や思考、感情、心の働きがありますが、これだけではありません。人の言葉を見る、行動を見る瞬間は相手が何かを「表現」しています。そこには、本音や思考、感情が含まれているはずです。それを観てこちらは、瞬間的に評価して、価値実現の反応をしていくことになります。
そのため、SIMTでは単独場面の実践よりも対人場面におけるマインドフルネスの実践と自己洞察を重視します。現実場面でマインドフルネスのトレーニングをすることが、適応力を高めてくれます。
SIMTでは、より現実的な社会場面において適応的な行動を選択する意志の作用を育むことを目指していくことになります。
引用文献
大田健次郎(2013)『うつ・不安障害を治すマインドフルネス~ひとりでできる「自己洞察瞑想療法」』佼成出版社.
大田健次郎(2014)『不安,ストレスが消える心の鍛え方 マインドフルネス入門』清流出版.
大田健次郎(2015)「日本的マインドフルネス自己洞察瞑想療法(SIMT)」『マインドフルネス精神療法』vol.1,日本マインドフルネス精神療法協会.
大田健次郎(2016)『マインドフルネスのための西田哲学入門(3)場所の理論と自己の階層』日本マインドフルネス精神療法協会.